谷中放談

vol.1 アートのお仕事

宗政 浩二

宗政 浩二(むねまさ こうじ)
美術家

1962年 生まれ。アートフォーラム谷中、青山スカイドア、マキイマサルファインアーツなどで個展。

2003年頃より太陽光を利用した「サニーフェイスプロジェクト」など継続的に作品を発表する。

他に商業美術のデザインから製作まで。現在は草間彌生氏の彫刻作品の制作にたずさわる。


聞き手: 岡田 紅子(Art Crimson 主宰)
2009年10月12日(月・祝)16:00 〜 18:00 アートリンク谷中ベース(クマイ商店)にて開催

なぜ、今回のアートリンクで〈サニーフェイス〉をめぐりん(バス)に設置したの?

この谷中にはアートリンク含め、いろいろな目的があって人は訪れるわけですが、皆さんある程度の情報や目的をもって来ますよね。なにか面白いことやってそうだなぁみたいな。ギャラリーで展覧会を開いて多くの人が来てくれたとしても、そのほとんどがそれを見る目的で来る人か、または美術関係の方ですよね。美術関係以外の人や、ただぶらりと来た人にも美術というものを味わってほしいという思いがすごくありました。今回、バスを展示の場として使ったのは、このバスに乗っている方のほとんどが、谷中でアートリンクが行なわれていることを知らないし、そもそも現代美術を知らない人たちですね。ただ下町を見にやってきたとか、通勤に使ったりとか。そういう人たちが天井にあの笑顔が映っているのを見つけちゃって、ああ、なんだろうと思ってアートに興味を持ったり、さらにはアートリンクのことを知ってもらったりしたらいいなぁと。バスというのは僕たちが知り合うはずのない人がたくさん乗っています。それがバスを選んだ理由です。

サニーフェイスというのはミラーで太陽光を反射させて、笑顔を壁とか天井に映すというアートワークです。この種の太陽を使った作品は数点やっていまして、太陽が出ている時、または特定の日だけ何かが映るということに取り組んでいます。太陽が雲に隠れず出ている時は実際少ないので、出会うチャンスは実は稀なんですよ。ですから見えるとすごくラッキーで、少し幸せな気持ちになれるというか、そういう幸せを与えたいというのが根本のテーマにあってこのようなことに取り組んでいます。


モノづくりの根源は?

もともと僕がモノを作る根源というか、自分の中にある考えは、人が作ってきたモノというのは、僕らが生まれるより何万年も昔からその歴史があり、その中で少しずつ形を変えてできてきたんだという思いです。例えば「椅子」というモノが少しずつ成り立ってきたとか。今はモノに囲まれた生活になっていますが、それ一つ一つには何万年もの歴史があって、それを作ってきた人の知恵で今の生活は成り立っているわけです。それに対する敬意というか、自分でもその歴史の流れをなぞってみるということをしていたので、いつも何かの道具のようなモノを作っていました。


大学を出てからアトリエは?

僕の場合はこの田舎の豚小屋からはじめましたね。と言っても意味がわからないかと思いますが。僕は大学時代デザイン学科でしたが、企業に入ってデザインをやるよりは作家として、アートワークをしていきたいなぁと漠然と思っていました。卒業してしばらくの間、屋外彫刻を作る企業で仕事をしていました。そこを辞めてニューヨークに半年ぐらい行き、英語の学校と美術の学校に通いました。もともとデザイン科だったので、アカデミックな人体彫刻を作る機会がなかったんです。就職した会社ではやっていましたが、それを改めてちゃんと勉強しようと思い、ニューヨークではそういうことをやっていました。その後、中米を少し放浪して帰ってきた頃、ちょうど同期の友人が大学院を出て学校から放り出される時で、卒業して作家活動続けるぞ、みたいな人って結構いたんですよ。そんな友人達と一緒にアトリエを借りようということになったのですが、予算と相談しているうちにだんだん山奥の遠いところになりまして。建物もどんどんランクが下がっていき、結局出会ったのが埼玉県飯能市の山奥の10年くらい前に閉鎖された豚小屋でした。


プロダクトデザインとパブリックアートに取り組む時の考え方の違いは?

先ほどの屋外に設置してあるパブリックアートの例も、仕事でやっているものも、やっぱり一番大事にしていきたいことは同じです。それがどういう人に見てもらうものなのか、どういう環境にあるものなのかということを考えて、そのコンセプトになる部分や、そこに潜むものを大事にしたいと思っています。

アートに関して言うと、アーティストにもいろいろなタイプがいて、自分の内面にあるものを表現するという方がいらっしゃるかと思いますが。僕の場合は見る人にどういう印象を与えるのかということと、喜んでもらいたいというのが基本的にあります。そして仕事でも、例えば携帯電話の(細部まで忠実に拡大する)仕事はデザイナーの方などに満足していただきたい、それに関してどれくらい取り組めるかという点だと思っています。アートワークやパブリックアートも、商業美術の仕事の場合もそこはあまり変わらないところです。


アートの世界で仕事をしたい若者に対してのメッセージ

最初に展覧会を始めた頃は、個展や公募展をやり続ければ、何かに当たるかもしれない、もしかしたら大成功するかもしれないという、誰もが抱く夢で作家活動を始めたわけです。けれども実際、それでうまくいく人もいれば、全然だめな人もいます。僕の場合はうまくいっているのか、いないのか、たまたま仕事はあるよ、という状況です。でも、いろいろなことに恵まれている方かもしれない。ただ、展覧会を始めた頃に、それがこういった仕事に繋がっていくなんて全くイメージできてなかったんですよ。というのは展覧会をやることは、作家としての名前が動いてくれたり、作品自体の価値が動いたりだとかそういうことだと思っていたし、それを目指していたわけですから。でも実際は展覧会をやった経歴のおかげで「宗政さんはこういうことできますか?」みたいな話に繋がることが多くありました。最初の展覧会なんてすごい時間をかけて、すごい無駄なモノを作ってるんですよ。実際そうしてモノを作っていくことで、その次のパブリックアートだとか全然違う商業美術の依頼に繋がっていくわけです。展覧会をやらなければそういう話にも繋がらなかったし、本人の技量が見えてこないですしね。自分から常に出力し続けるというのが大事なんだと思います。今振り返ると非常に無駄なモノばかり作っているのですが、無駄なモノというのはどんどん作っていいと思います。なぜなら無駄なモノを作った時間というのは決して無駄じゃないから、と思うからです。

(抜粋・編集 岡田 紅子)

写真サムネイルサムネイルサムネイルサムネイル
聞き手のひと言

左:宗政 浩二 右:岡田 紅子
左:宗政 浩二 右:岡田 紅子

私が宗政さんに出会ったのは約20年前でした。その後、私の勤めていたアートフォーラム谷中で3回、個展を開催していただきました。毎回、新しい発想で作品が展開され、一緒に展覧会を創っていくのがとても楽しかったことを思い出します。久しぶりにお会いして、作品が以前の立体から太陽の光を用いた作品に変化、次の展開としてプロジェクターの光を用いた作品を考えていることを知りました。次々に新しいアイディアが湧き上がって尽きることのない才能に改めて驚かされました。

私は今まで彼のアートワークしか知りませんでしたが、今回はパブリックアート、商業美術の仕事も拝見できました。どれも自分の得意で興味のあることを反映させていて、アーティストとして社会の中で活躍していてすごいと感じました。