谷中放談

vol.1 アートのお仕事

木下 史青 撮影:今井隼人

木下 史青(きのした しせい)
東京国立博物館デザイン室長

1965年 生まれ。1998年より日本初の博物館専属の展示デザイナーとして、東京国立博物館に勤務。

これまで「国宝 平等院展」「国宝 阿修羅展」などの特別展・平常展の展示デザインを手がける。

現在、同館学芸企画部企画課デザイン室室長。 著書に「博物館へ行こう」がある。


聞き手: 坂元 暁美(上野の森美術館学芸員)
2009年10月11日(日)17:00 〜 19:00
東京国立博物館内 TNM&TOPPANミュージアムシアターにて開催

記念写真が撮れる博物館を

ミュンヘンのグリュプトテークという、ギリシャからローマまでの彫刻を展示している美術館の空間に感動したんですね。こういった美しい写真が撮れるような空間に。大学の3年ですからまだデジカメもないのでポジフィルムを大事に使いながら旅したわけですが。それで誰にでもある、ヨーロッパに行ってのカルチャーショックを受けてしまった。

日本に帰ってきて卒業制作をデザインするときに、じゃあアートと美術館とデザインがなにか結びつかないかと思いまして、ミュンヘンで見たような美術館、記念写真が撮れるような美術館ができないかなあと思って近所を探したら昔の法隆寺宝物館があったんですね。(・・・)いまは谷口吉生先生が設計した新しい法隆寺宝物館がありますけれども、それより前にぼくはこの法隆寺宝物館の展示計画をしていたという、そこが自慢なんですけれども。


「プライス・コレクション 若冲と江戸絵画展」(2006年)

照明デザイナーらしい仕事が活かせた初めての仕事になります。

アメリカ西海岸にあるエツコ&ジョー・プライスさんのお宅には、彼らのコレクションを見るためだけの部屋があって、そこでは外からの光を自由に調整しながら採り入れることができます。このような光で展覧会をつくってほしいと言われて、それを帰ってきて照明の設計をしたんですけれど、会場に16点くらいの作品を、光を動かしながら展示するコーナーをつくってみたわけです。

少しずついろんな照明で光を変えて、プライスさんのところで見た光、自然光の自然な動きを再現するために、音楽のように打ち込みで照明を変化させて、何秒かごとに動くというか10秒くらいで明るくなっていって、6秒くらいステイして、15秒くらい暗くなってというような流れを考えていったわけです。

これは円山応挙の《幽霊》ですが、幽霊の血の気が差したり引いていったり、柳がゆらめくような感じがわかるかと思います。この光はこちらで何秒、何秒という勝手な打ち込みで調節しているんですが、お客さんが来ると「これ、いま朝ですか」とか「いま夕方ですよね」とか言ってくれるんですよ。こっちはそこまで考えていなかったんですが、お客さんは勝手にイメージしてくれて。(・・・)

プライスさんはご覧になってから「江戸時代の絵画には印象派に負けないくらいの力があるんだ」と、そういう展示をやってほしいとおっしゃってくれました。


「国宝 阿修羅展」(2009年)

【画像】いま、この映像は光の度合いがだんだん変わっていっているんですが、それによって変わる阿修羅の表情に着目してください。ちょっと憂鬱な顔になったり、いま点いたのが後ろの光でその影響で後ろの顔の表情が出たりもします。この実験では5シーンくらいの光が動くシーンをつくっています。光がストロボライトみたいにパパパッと動く仕組みをつくっているんです。わりと早めに表情が動いたりゆっくりと動いたりするようにシーンを組んでいます。

それを本展示のときに見せることも可能だったんですけれど、話し合いのなかでそれはやめようということになって。やはり光を変化させるとどうもテレビ的になるというか、極めつけの光のシーンだけでいくほうがいいのではないかという結論になって。現在の技術ではいろいろなことができますが、阿修羅の場合はこの一発というのを見せたくて。

いまはこういうVRとかがあるのでどんな光でもつくれるんですが。仏像って顔の表情からなにから照明でどうにでもつくれるわけです。たとえばみなさん、お化粧していてきのうとちょっと肌の感じが違うなって感じますよね。それって1ミリとか2ミリも違わない世界だけれど、自分では気づくじゃないですか。それと同じなんですよね。


東博だからできる展覧会

2004年からは平常展をメインでやっています。本館で「仏像の道」(07〜)という展示室をデザインしました。インド、ガンダーラから始まって、シルクロードを通って朝鮮半島を渡り日本に着くという仏像の道のりですね。こういう展示が自前のコレクションでできるというのは世界でも珍しいですし、日本でもここの博物館しかないだろうと思います。(・・・)こうやっていろいろ博物館のスター選手を増やしていかないと平常展というのはなかなか人気が出ません。スター選手をどんどんつくっていこうというのが最近の流れです。

これ【如来坐像】は「仏像の道」展示のために法隆寺宝物館から移されたものです。仏教伝来のこと、「仏像の道」を語るときに法隆寺というのは欠かせない存在です。法隆寺宝物館から仏像を一体持ってくるというのは博物館側としても大変な決断があってですね。だけどいまここにあってこの展示室のシンボルになっています。こういうことができるのもやはりこの博物館だけなんじゃないかと思います。


日本の古典美術による教育

現在、日本の古典美術に関する教育というのが圧倒的に少ないですよね。法隆寺宝物館というこんなすばらしいものが大学の近くにあるのに、1980年代当時の法隆寺宝物館は、毎週木曜日の晴れたときだけの開館でした。行ってもちょっと雲行きが悪いと入れてくれないわけです。(・・・)行くと半日以上はゆうに過ごせるような宝物がたくさんありましたし、運が良ければ《聖徳太子絵伝》も見られて、聖徳太子がぼくと同じ18や19ときになにをして、考えていたかが記されているものなんですが。こういうものは歴史のなかでは習ったかもしれないけれど美術教育のなかではあまりないなという思いがありまして、どうしてもっといい展示をしないんだろうと思い始めたのが今にいたるきっかけなんですよ。そういういい展示がある環境が当たり前だと思ったんです。


展示デザインの悩み、醍醐味

展示照明では見せ方が無数にあるんですが、それを考えていくことが自分のエゴになっているのではないかと感じるときがいちばん悩むときです。自分の見せ方をお客さんに押しつけているだけなんじゃないのかなという感じですよね。見せ方をもっと自分のものとして出していくことも大事だと感じてはいるんですが、それがどの程度だとたんなる押しつけにならないかとか、その辺の引き具合が難しいですよ。

逆に、そういう作品と一対一で向き合っているところがいちばんおもしろい点というか醍醐味でもあるんですが。この照明はもうちょっと左にしたいだとか、もうちょっと屏風の金を出したほうがいいだとかそういう点ですよね。

(抜粋・編集 坂元 暁美)

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聞き手のひと言


左:坂元 暁美 右:木下 史青

木下さんと初めてお会いしたのは1997年の夏、〈アートリンク上野-谷中〉立ち上げのさなかでした。当時、木下さんは照明デザインの会社に勤めていたのですが、旧友の窪田研二さんに頼まれて、アートリンクのガイドマップをデザインすることになったのです。この初回のマップは、その夏、木下さんと窪田さんが見に行ったミュンスター彫刻プロジェクトのマップを参考に、「それを持って町じゅうのアートを見てまわれるもの」を目指してつくられました。(写真3枚目)

木下さんは翌1998年に東京国立博物館に展示デザイナーとして採用されて以降、数々の超大型企画展から平常展までを担う、いまやこの分野の第一人者です。

この回のトークは映像や音響設備の整った会場でおこなわれ、内容も「放談」とはほど遠い、密度の高いレクチャーになりました。専門性に優れる一方、つねに一般の観客の視点を見失わず、バランスの良さ、そしていつも仕事に熱中している様子が木下さんらしく印象的でした。